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大森簡易裁判所 昭和42年(ハ)72号 判決

原告 小林泰

右訴訟代理人弁護士 尾山宏

被告 中野由松

右訴訟代理人弁護士 田頭忠

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一、当事者の申立

一、原告

「被告は原告に対し金六万四、〇〇〇円を支払え。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決ならびに仮執行の宣言

二、被告

主文と同旨の判決。

第二、原告の請求原因

一、原告は、被告に対し昭和三九年四月より昭和四一年五月まで原告所有の東京都新宿区横寺町一一番地所在のアパートの二階六畳一室を賃料月額八、〇〇〇円の約定で賃貸した。

二、被告は、昭和三九年一一月東京地方裁判所の債権仮差押決定(昭和三九年(ヨ)第八四三〇号)により、昭和三九年一二月分以降の右賃料の二分の一につき仮差押執行を受けたので、原告に対し昭和三九年一二月分より昭和四一年三月分まで右賃料の二分の一の合計金六万四、〇〇〇円の支払をしなかったところ、昭和四二年一月二四日右仮差押の執行取消決定がなされた。

三、そこで、原告は被告に対し右金六万四、〇〇〇円の支払を求める。

第三、被告の答弁

請求原因一、二項は認めるが、三項は争う。

第四、被告の抗弁

被告は、昭和四一年五月初頃前示アパートから現住所へ移転したものであるが、これよりさきの同年三月三一日被告は原告から右移転の移転料として右金六万四、〇〇〇円の賃料債務の免除を受けたものである。

第五、抗弁に対する原告の答弁

被告が、その主張の頃現住所へ移転したことは認めるが、免除の主張は否認する。すなわち、昭和四一年三月三一日当時は仮差押執行中であるから、債務者たる原告は第三債務者たる被告に対する右権利を処分することが許されないものである。

第六、証拠≪省略≫

理由

第一、請求原因一、二項の事実は当事者間に争いがない。

第二、当事者双方本人尋問の結果を綜合すると、(1)原告とその妻訴外小林郁子との間に離婚訴訟に関連して、訴外小林郁子は原告を債務者とし、被告を第三債務者として東京地方裁判所に債権仮差押の申請をし、請求原因二項記載の債権仮差押決定がなされたものであること、(2)原告は、アパートの改築工事を行うため、被告に対し貸室の賃貸借契約の解除および貸室の明渡を申し入れたが、被告は容易にこれに応じなかったので、原告は昭和四一年三月三一日念書(乙第一号証)を作成して被告に交付し、被告はこれを受領して遂に右解約申入に合意し、同年五月初頃現住所に移転したものであること(この移転については当事者間に争いがない。)をそれぞれ認めることができ、右各認定に反する証拠はない。

第三、成立に争いのない乙第一号証の念書の「昭和三九年一二月分より同四一年三月分までの賃料合計金一二万八、〇〇〇円の二分の一の金六万四、〇〇〇円は、貴殿の引越費用等自由に流用するも、私において異存はありませんし、後日御迷惑をかけることはありません。」旨の記載と被告本人尋問の結果とを併せ考えると、原告は被告に対し、右仮差押執行中の金六万四、〇〇〇円の被告の賃料債務を、被告の右移転料として免除する旨の意思表示をしたものであることを認めることができる。

原告本人尋問の結果のうち、右認定に反する部分は信用することができないし、他に右認定を覆すに足りる証拠はない。

第四、ところで、右のごとき債権仮差押執行中における債務者が第三債務者に対してなした免除の効力について考えてみると、右のごとき免除は、債務者、第三債務者間においては有効で、その債権消滅の効力を生ずるが、これをもって仮差押債権者に対抗することができないものと解する。

民訴法七五〇条三項によれば「債権の仮差押は第三債務者に対し債務者に支払をなすことを禁ずる命令のみをなすべし」、と規定するに止まるが、この規定を、原告主張のごとく債務者にも、債権差押の場合(民訴法五九八条一項)と同様に、処分禁止の効力があると解するとしても、債務者が第三債務者に対し仮差押中の債権を処分したこと自体を無効とする趣旨でなく、これをもって債権者に対抗することが許されないことを意味するものと解するを相当と考える。

かように解すると、右金六万四、〇〇〇円の賃料債権は債務者たる原告の第三債務者たる被告に対する免除の意思表示により、原、被告間においては、その債権消滅の効力が生じたものというべきである。

そうすると、昭和四二年一月二四日仮差押執行取消の決定がなされても(この取消決定がなされたことは当事者間に争いがない。)、原、被告間において右免除により、既に消滅した右賃料債権関係には、なんら影響がないというべきである。

以上の認定によれば、原告は被告に対し右金六万四、〇〇〇円の賃料債権を有しないものといわなければならない。よって、原告の請求は理由がないから、これを棄却すべく民訴法八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 平畑筆一)

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